我が家の愛犬が天国へ旅立ちました

我が家の愛犬が天国へ旅立ちました
Pocket

数日経って気持ちが少し落ち着いてきたので、自分なりにまとめてみます。

ブログに書こうかどうか悩みましたが、愛犬の生きた証を色んな形で残したいと思い、やっぱり書くことにしました。ペットを飼っている方には悲しい気持ちにさせてしまうかもしれませんが、どうか伝えさせてください。

 

先日、我が家の愛犬が12歳で天国へ旅立ちました。旅立っていった日は僕の誕生日でした。

数日前まで元気だったのに急に体調が悪くなって、妻が病院に連れて行ったら、もう既に末期のガンでした。獣医さんに、もう手術はできない、薬で痛みや苦しみを取り除くことしかできない、いつ死んでしまってもおかしくない、と告げられたそうです。

最初にそれを聞いた時は頭が真っ白になりました。本当に信じられませんでした。

確かに昔と比べて歩くスピードは落ちました。食べる量も減りました。それでも数日前、数週間前までは、息子と一緒に走り回ったり、元気に好物のパンをかじったりしていたのです。
だから今回調子が悪くなったのも、すぐに治る何かの病気なんだと軽い気持ちでいました。

とても後悔しました。自分を責めました。何で気づいてやれなかったんだろうって。いつから?なんで?最近仕事と子育てばかりで全然構ってやれてなかったからだ。全然見てあげられてなかったんだ、と悔やんで悲しんで、その日の夜はあまりよく眠れませんでした。

翌日、僕は仕事に行きましたが、正直全く手につきませんでした。もし僕がいない間に死んでしまったらどうしよう、とずっと考えていました。
そして頭の中が後悔と悲しみでいっぱいになって、自分を責める気持ちを抑えられませんでした。
何かしてあげられることはないんだろうかと、すがる気持ちで休み時間に色々な方のブログやページを見ました。みなさんそれぞれ愛犬との別れの体験談などが書かれていて、その中で「愛犬と一緒に写った写真をたくさん残しておくこと」という記事を見つけました。

そこには一緒に写った写真を残すことで、愛犬との出会いは悲しい別れのためではなく、幸せな楽しい思い出のためだったんだと思えるようになる、と書かれていました。

僕は愛犬を飼い始めてから今までの写真を全て見返して、愛犬が写っている写真を探しました。
愛犬が写っていた写真は2500枚以上ありました。もちろん僕たちも一緒に写っている写真もたくさん見つけました。およそ年間200枚以上も思い出を残せていたのです。

そして見返しながらに色々な思い出が駆け巡りました。愛犬との12年間の思い出です。

愛犬との出会いは妻と結婚する前、まだ付き合っていた頃にペットショップで出会いました。
全く飼うつもりじゃなかったのに、あまりの可愛さに一目惚れして、妻と喫茶店で一生懸命悩んで話し合って、飼うことを決めました。
決め手となったのは僕と妻と同じ誕生月、3月生まれの子だったからだと思います。

3月生まれ、そしてまるで行進曲のように賑やかな子であったことから、妻は彼を「マーチ」と名付けました。ピッタリの名前でした。

それから間もなく僕らは結婚しました。さすがに結婚式当日は一緒にいられませんでしたが、前撮りの時には許可をもらい連れて行って、式場で一緒に写真を撮ってあげることが出来ました。僕たちの結婚式も、僕たちの記念の月である3月でした。

結婚してからは僕と妻とマーチで、色んな場所に出かけました。GWには東北へ一週間近く出かけました。旅先では色んな出会いがあって、色んな人に可愛がってもらいました。

途中、車の中でマーチがおしっこをして布団が濡れてしまい、コインランドリーを探し回ったのは今となってはいい思い出です。

山梨や長野にも行きました。軽井沢では一緒に自転車に乗って街をめぐりました。一緒にいることが大好きな子だったので、自転車のカゴやバッグに入れてあげるとご機嫌でついてきてくれました。

草津や那須高原、京都にも行きました。行く先々で犬も入れるレストランを見つけては一緒にご飯を食べました。ドッグランで一緒に走り回りました。

「バッグに入れば一緒に連れて行ってもらえる」と覚えた彼は、狭い所に入るのが好きでした。棚や段ボールには必ず入りました。Amazonの段ボールに入った時はまるでAmazonから犬が届いたみたいでした。

特に妻が大好きな子でしたので、妻が出かけてしまうと玄関でずっと待っていました。僕の時もたまにですが、待っていてくれたそうです。

僕らにとってマーチと軽キャンピングカーで出かけた旅は、20代の思い出のほとんどだったと思います。写真を見返すといつも二人と一匹でどこかに出かけているものばかりでした。

新しい軽キャンピングカーに乗り換えてからも、やっぱり色んな場所へ行きました。日光や飛騨高山も行きました。現地ではやっぱり犬も入れるお店を探しての食事でした。

九十九里浜や美ヶ原高原。特に夏はマーチのことを思って、涼しい高原へ行きました。夏のお出かけ先はいつもマーチがメインで決まっていたのです。

アパートから新居への引っ越し。マーチは僕ら夫婦の人生と共にいました。10年間なかなか子どもが出来なかった僕らにとって、マーチは本当の子どものような存在でした。

そんな僕らも結婚から10年後に待望の第一子を授かりました。生まれる直前までもやっぱり色々な場所に出かけて、二人と一匹で過ごす最後の思い出を作りました。

それからは三人と一匹の生活が始まりました。初めての赤ん坊と犬と一緒に暮らすのは思っていた以上に大変でしたが、それでもやっぱり楽しかったです。

なかなか仲良くなってくれないマーチと息子でしたが、一度だけ寄り添いあって寝てくれたことがありました。息子は非常に寝相が悪く、よくマーチにぶつかっては怒らせていたので、とても貴重な一枚でした。

息子が一歳になってからは、このブログでお伝えしている通りです。キャンプ場、牧場、公園、海、テーマパーク、道の駅・・・。連れていけない場所も正直結構ありましたが、それでも出来る限りは一緒に連れていきました。

特に朝の散歩は僕と息子とマーチの日課となっていて、忙しい日々の中でも安らぎを感じる楽しい時間でした。マーチは家族の一員であり、もう生活の一部になっていました。

去年、みんなで一緒にカヌーに乗ったのはとても大切な思い出になりました。
その後、妻の第二子妊娠がわかると遠出を少しずつ控えるようになり、僕は息子を連れ出し、妻とマーチが留守番をするという形が増えました。
最初僕はこの時期に対して「息子ばかり構ってしまった」と後悔しましたが、よくよく考えればこの時マーチは妻を独り占めできていた訳で、実は楽しい時間をあげられていたのかなと思うようになりました。

第二子の娘が生まれて、バタバタと慌ただしい日々が過ぎ、あっという間に3ヶ月が経ちました。そして、ようやく少しは落ち着いたかなと思っていた時、マーチの具合が急に悪くなりました。
もしかすると僕らがバタバタとしていた時は、気を張って頑張っていてくれてたのかもしれません。それぐらい急に体調が悪くなったのです。

しかし、今までの思い出を全て振り返った時「寂しい思いをさせてしまった時もあったけど、それ以上に一緒にたくさんの思い出を作れていた」と思いました。だから最期まで出来る限り一緒にいて、出来る限り触ってあげることにしました。僕にできることはもうそれだけでしたが、それが全てだと思いました。

その期間は3日間だけでしたが、それでも12年間で一番長く一緒にいられて、一番多く頭を撫でてあげられた3日間でした。そのせいか最後の日は元気こそなかったものの、とても穏やかで笑っているような表情をしているように見えました。

最後の3日間は神様が僕たちとマーチにくれたプレゼントだったように思います。

そして最後の日、旅立つ瞬間を看取ることは出来なかったのですが、家族みんなが近くにいました。ただ眠っているだけだとみんなが思ってしまうぐらいに、本当に眠るように旅立っていったのです。

妻と一緒に涙を流しながら眠っているマーチにたくさん声をかけました。ありがとう、楽しかった、幸せだったよ、と何度も名前を呼びました。

後悔や自分を責める気持ちはもちろんまだありましたが、それ以上にたくさんの幸せをもらった感謝の気持ちを伝えました。僕たちが世界で一番「マーチと出会えて幸せだった」と思えなければ、マーチの幸せを否定しているような気がしました。
だから胸を張って「マーチと出会えて幸せだった。マーチも僕たちと出会えて幸せだった」と思うようにしました。だから「ごめんね」はなるべく言いませんでした。

その夜は僕も妻も眠ることが出来ず、マーチの眠った顔を見ながら、妻と一晩中思い出を語り合いました。今までの思い出の写真を一緒に見ながら、笑ったり泣いたりしました。二人と一匹で過ごした最後の幸せな時間でした。

翌日、ちゃんと天国へお見送りをするために地元の火葬場へ連絡をしました。行く前に綺麗な花束を買いました。僕らが一緒に写っている写真をプリントしていきました。
そしてマーチと一緒に、綺麗な花束、大好きだったおもちゃとお菓子、いつも一緒にお出かけをしたバッグ、僕たちと一緒に写っている写真を入れてあげて、最後のお別れをしました。
写真を入れてあげればマーチが寂しくないような気がしたので、一緒に入れてあげられて良かったと思います。

骨になってしまうとこんなに小さくなってしまうんだな、と思いながら骨壷に遺骨を入れて家に連れて帰りました。自宅の庭の、いつも家族みんながよく見えるような場所に埋めてお墓を作ってあげたいと思っています。
わざわざ僕の誕生日を選んで旅立っていった寂しがり屋のマーチには、出来るだけみんなを近くに感じられる場所にいさせてあげたいと思います。

少し落ち着いて数日経った今でも、朝の散歩に行かなきゃと思ってしまったり、ご飯を落としたらマーチに食べられちゃう、とか本当に何気ないタイミングで思い出して、寂しくなってしまいます。それぐらいマーチは僕たちには当たり前の存在になっていました。

なるべく楽しい記事を書くようにしているこのブログにこの内容を書いていいかどうかと思いましたが、この子の旅立ちも、幸せな思い出の一つにしていきたいと思い書きました。
そして書いていく内に、悲しい気持ちが整理され、楽しい思い出ばかりが蘇ってきたので、今は書いて良かったと思っています。

ペットを飼っている方はもちろん、家族や友達、大切な人、全ての命は当たり前ではありません。本当に奇跡のような事の積み重ねで今があるのだと思います。だからどうか、もしこの記事を読んで頂いた方で、大切な人やペットがいる方は、どうか少しでも長く一緒に居て、たくさん触れて、たくさん言葉をかけて欲しいと思います。出来る限りで構わないので、その愛情を形にして伝えてあげてください。

僕も、妻や子どもたち、そして友達や自分の周りの人たちを大切にしつつ、旅立っていったマーチへの感謝を忘れずにこれからも生きていきたいと思います。

ありがとう、マーチ。幸せだったよ。

 

Pocket

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。